
MARY MAGDALENE
マグダラのマリアとは
歴史・伝承と、
Sophiangelで受け取る
聖書や古代文書に残された姿と、
長い年月の中で語り継がれてきた物語。
そして、Sophiangelのチャネリングを
受け取ったマグダラのマリアさまの言葉を、
それぞれ大切にしながらご紹介します。
マグダラのマリアとは、新約聖書の福音書に登場する、イエスに従った女性のひとりです。
Sophiangelでは、チャネリングを通して「マグダラのマリアさま」からメッセージを受け取ることがあります。
けれど、そもそもマグダラのマリアとは、どのような女性だったのでしょうか。
聖書に記されていること。
長い歴史の中で生まれた伝承。
そして、Sophiangelのチャネリングを通して受け取っていること。
このページでは、それぞれの背景を大切にしながら、マグダラのマリアについて見ていきたいと思います。
マグダラのマリアとは
『ルカによる福音書』では、イエスが町や村を巡っていたとき、十二人の弟子とともに複数の女性たちが同行していたことが記されています。
その中に「マグダラと呼ばれるマリア」の名前があり、「七つの悪霊が出ていった」と記されています。
また、女性たちが自分たちの持ち物を用いて一行を支えていたことも伝えられています。
「七つの悪霊」が具体的に何を意味していたのかについて、福音書には詳しい説明がありません。
そのため、ここでは現代の病気や心の状態などへ置き換えて断定することはせず、聖書にそのように記されている、というところまでをご紹介します。
十字架、埋葬、そして復活
マグダラのマリアの名前は、イエスの活動期だけではなく、その最期をめぐる場面にも現れます。
福音書では、イエスの十字架刑を見守った女性たちの中に彼女の名前があり、『マルコによる福音書』では、イエスの身体が墓へ納められた場所を見ていたことも記されています。
そして、マグダラのマリアを語るうえで特に重要なのが、復活をめぐる記述です。
『ヨハネによる福音書』では、墓を訪れたマグダラのマリアが復活したイエスと出会い、その後、弟子たちのもとへ行き、
と伝える姿が描かれています。
こうした役割から、キリスト教の伝統では後に「使徒たちへの使徒」とも呼ばれるようになりました。
2016年には、カトリック教会における7月22日のマグダラのマリアの典礼上の位置づけが「記念日」から「祝日」へ引き上げられ、復活の証人であり、その知らせを使徒たちへ伝えた人物としての重要性が改めて示されています。
「罪深い女性」「娼婦」というイメージについて
マグダラのマリアについて、
「かつて娼婦だった女性」
「罪深い生活から悔い改めた女性」
というイメージを聞いたことがある方もいるかもしれません。
しかし、新約聖書の福音書には、マグダラのマリアが娼婦であったとは記されていません。
『ルカによる福音書』には、イエスの足を涙で濡らし、髪で拭い、香油を塗った「罪深い女性」が登場しますが、この女性の名前は記されていません。
また、福音書には、マルタとラザロの姉妹である「ベタニアのマリア」という別の女性も登場します。
西方キリスト教では、特に教皇グレゴリウス1世以降、
・マグダラのマリア
・名前の記されていない罪深い女性
・ベタニアのマリア
という三人を同一人物として捉える伝統が広がり、教会文書や美術にも長く影響を与えました。
現在のカトリック教会の典礼では、この三人をかつてのように一人の人物として扱ってはいません。
長い歴史の中で形成された人物像と、初期の文献に記された姿。
その二つを分けて見てみると、マグダラのマリアという女性は、少し違った姿を見せてくれます。
正典以外の古代文書に描かれたマリア
新約聖書に収められた四つの福音書以外にも、初期キリスト教の時代にはさまざまな文書が書かれました。
その中には、マリアを非常に重要な弟子として描いたものもあります。
『マリアによる福音書』
『マリアによる福音書』と呼ばれる古代文書では、マリアはほかの弟子たちを励まし、自分が救い主から受け取った教えを語る人物として描かれます。
一般に2世紀頃に成立したと考えられる初期キリスト教文書のひとつで、マリアを重要な弟子として記憶する伝統が存在していたことを知る資料でもあります。
ただし、「マリアによる福音書」という名称であっても、マグダラのマリア本人が執筆したことが確認されているわけではありません。
『フィリポによる福音書』とイエスとの関係
『フィリポによる福音書』では、マグダラのマリアがイエスの「伴侶」「仲間」などと訳されることのある言葉で表現され、二人の特別な親密さを感じさせる記述があります。
このことから、
という議論にも結びつけられてきました。
一方で、その表現を婚姻関係の証拠とみなすことについて、研究者の見解は一致していません。
マリアが特別な教えを受け取る重要な弟子だったことを表すものとして捉える研究もあります。
そのため、この文書だけから、
「歴史上のイエスとマグダラのマリアは夫婦だった」
と確定することはできません。
南フランスへ渡ったという伝承
マグダラのマリアには、南フランス・プロヴァンス地方へ渡ったという有名な伝承もあります。
サント=ボームには、マグダラのマリアが晩年を過ごしたとされる洞窟があり、現在も彼女にゆかりのある巡礼地として知られています。
ただし、これは1世紀の出来事を同時代の資料が記録したものではありません。
歴史的事実として断定するのではなく、後世に大切に受け継がれてきた伝承のひとつとしてご紹介します。
結婚や子どもをめぐる説
現代では、
「イエスとマグダラのマリアは結婚していた」
「二人の間には子どもがいた」
という説も知られています。
しかし、現在確認できる正典福音書や初期資料から、結婚や子どもの存在を歴史的事実として確定することはできません。
古代の正典外文書には二人の特別な関係を思わせる記述がありますが、それをどのように解釈するかについても、研究者の見解は分かれています。
ここからは、
Sophiangelで受け取った
マグダラのマリアさまの言葉です
マグダラのマリアさまの言葉です
ここまでご紹介してきたのは、聖書や古代文書、教会史、後世に伝えられてきた内容です。
ここからは、Sophiangelのチャネリングを通して受け取った、マグダラのマリアさまの言葉をご紹介します。
歴史的な記録とは別のものとして、ご自身の心に響くところを大切にしながら、ひとつのメッセージとしてお読みいただけましたら幸いです。
※以下は、チャネリングで受け取った内容を、意味を変えない範囲で読みやすく整えています。
三つの言葉を受け取って
今回受け取った言葉を振り返ると、私には、その奥にひとつの共通したまなざしがあるように感じられました。
性別、職業、国、時代。
社会的な立場や地位。
夫婦、親子といった関係性。
そうしたものを否定するのではなく、それだけで人を決めないこと。
属性や肩書きの奥にいる、一人の人間を見ること。
そして、自分自身についても、
「私は何がしたいのだろう」
「私はどのように生きたいのだろう」
と問い続けること。
誰かが決めた役割だけに自分を当てはめるのではなく、自分自身を知り、自分の人生を歩いていくこと。
マグダラのマリアさまから受け取った言葉を通して、そんなことを改めて感じています。
歴史の中に残るマグダラのマリア。
長い年月を通して語り継がれてきたマグダラのマリア。
そして、Sophiangelのチャネリングを通して感じているマグダラのマリアさま。
どれかひとつを正解として決めるためではなく、
そこからご自身の心に残るものを、そっと受け取っていただけたらと思います。
マリアさまからのメッセージを、
もう少し読みたい方へ
Sophiangelでは、日々の中でマリアさまから受け取ったメッセージもご紹介しています。
自分の心に立ち戻りたいとき。
少し疲れてしまったとき。
自分の本当の気持ちを見つめたいとき。
必要な言葉があれば、そっと受け取ってください。
参考資料
- Vatican/New American Bible「Luke, Chapter 8」
- Vatican/New American Bible「John, Chapter 20」
- Holy See Press Office「Mary Magdalene, apostle of the apostles」(2016)
- Congregation for Divine Worship「Apostle of the Apostles」(2016)
- Antti Marjanen, The Woman Jesus Loved: Mary Magdalene in the Nag Hammadi Library and Related Documents, Brill
- Sanctuaire de la Sainte-Baume「Sainte Marie-Madeleine」
参考資料は、歴史・文献・伝承に関する記述の確認に使用しています。Sophiangelのチャネリング内容を裏づけるものではありません。
